遠江久野城は掛川市と森町の間に割り込むように南北に走る宇刈丘陵の南端、標高34㍍の袋井市域の台地に築かれ、城域中央の最高部が本郭で、東西35~85㍍、南北百㍍のほぼ三角形の曲輪です。
平成20年11月に開催されました「久野城まつり」で配布の久野城址公園整備計画の資料がもっとも城址の様子がよく分かる図面だと思いますので掲載しておきます。
月: 2022年5月
岸和田系図
「岸和田藩久野家文書」は静岡県袋井市立袋井図書館に所蔵され、系図や系図の基になった資料なども集められており、遠江久野氏の初代久野城主であった宗隆以降の内容についてはほぼ正確であり、遠江久野氏を代表する系図であると思います。
この久野家の初期段階の系図では、「工藤遠江守時憲から宗隆までの約三〇〇年間の系譜中絶す。久野城主佐渡守宗隆に至りて久野を以て氏とす。是久野の祖ナリ。」と書かれていますので、久野宗隆以前の系譜は後で無理やり追加した感じは否めません。
加木屋系図(本家)その2
この加木屋系図で一番の謎は、33代栄邑の項に記されている宗秋、宗能、維宗、宗秀の存在です。
大阪府の岸和田系図では宗重は宗能の親で八右衛門宗明と同一人物ですし、宗明と宗秋は同一人物と考えられ、宗秀は宗能の子ですから、宗能の親と子を含めた3代がこの系図に書かれていることになります。さらに、岸和田系図では宗重は他の久野家へ養子にいったことになっていますので、養子先は駿河の久野家だった可能性は否定できません。
“加木屋系図(本家)その2” の続きを読む加木屋系図(本家)その1
加木屋系図(本家)は『東海市史』にもその冒頭部分の写真が掲載されていますが、全体は謎に包まれていました。
所蔵されている元庄屋家の久野様から見せていただく機会がありましたが、本家系図は34代宗政まで系線が書き込まれていない系図の為、ここでは系図そのものの掲載は冒頭部分のみとし、分家系図を参照しつつ、分家系図に書かれていることを織り交ぜながら話を進めます。
“加木屋系図(本家)その1” の続きを読む加木屋系図(分家)
加木屋系図(分家)は『東海市史資料編第二巻』に加木屋初代とされる久野栄邑からの系図が掲載されていますので一部分を本項の末尾に添付しておきましたが、全体は謎に包まれたままでした。系図を所蔵されている元庄屋家の近くにお住いの久野様から見せていただく機会がありましたので、ここに本家系図のみに出てくる人物を含めて、維永までの系図を載せました。
大筋では本家系図と同じ内容なのですが、分家系図の方が詳しい箇所や分家系図にしか出てこない人物も散見されますので、これらを中心に解説します。
“加木屋系図(分家)” の続きを読む久野氏の分布
久野氏の全国の分布状況につきましては、静岡県袋井市にあります久野城址保存会の兼子様が平成十年にNTTの電話帳で調査された結果をそのまま掲載させていただきます。久野は稀少姓と言えますが、愛知県だけで全国の久野姓の約半数に達します。
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