月: 2022年6月
久野氏の発祥地の考察
久野氏(久能氏)の発祥地の候補を表にしてみました。
この表で確実な久野氏の発祥地は、駿河国久能郷と出雲国久野郷の二つだけということになります。
今のところ資料が見当たらず不明な箇所は「?」を付しています。
さらに、久野と書いて「きゅうの」と読む氏の出自も不明ですが、駿河には「きゅうのお」と読む地名があることから、駿河国久能郷を発祥とする久野氏の一族が名字の呼び名を変えて現在に至っているのではないかと推測されます。
岩国・久能氏と久野(ひさの)氏の関連は
岩国藩士時代に大田姓を名乗っていた久能氏は、幕末の頃藩に提出した系図(岩国徴古館所蔵)によれば、「源姓 紋所 丸之内ニ角重 清和源氏満政三代之孫佐渡源太重実六男六郎重近駿州ニ隠テ久野与市ト改 久能氏書候」とありますが、『尊卑分脈』では重近の箇所には官位などの記載はなく、子供の記載もありません。
“岩国・久能氏と久野(ひさの)氏の関連は” の続きを読む倭人の姓の考察
中国の検索オンライン百科事典である「百度百科」には中国の姓について比較的詳細な記載があるので、この内容などを手掛かりにして中国の正史である倭人伝等に登場する倭人の姓について考察します。
なお、名前のふりがなは講談社学術文庫の『倭国伝』によった。
(1)帥升(すいしょう)
『後漢書』倭伝に「安帝の永初元年(一〇七)、倭の国王帥升等、生口百六
十人を献じ、請見を願う。」として登場する帥升だが、帥姓は「百度百科」で
は、周王朝時代の軍には師帥、中軍帥、上軍帥、下軍帥、左軍帥、右軍帥、後
軍帥などの官名があり、これらの子孫が帥氏を称した。