愛知県東海市域の富田庄(中世のある時点から荒尾庄富田村)があった東海市富木島町には鎌倉時代の特徴をもった古い五輪塔が七基存在し、その中の一段と形の良い五輪塔が業平塚と呼ばれています。
これらの五輪塔は、この地を治め、融通念仏宗の開祖である聖応大師良忍上人(1072年~1132年)を生んだ藤原氏の一族が、在原業平と業平を慕って都からこの地まで来て悲恋の死をとげた女官あやめの菩提塔として建てたものという伝承があり、正徳年間(1711年~1716年)に宝珠寺(西寺)が後述する一心院(東寺)と合併して現在地に移転する前の寺院墓地に建立されていたそうです。