1.はじめに
福岡県久留米市にある筑後一宮の高良大社の御貢所職であり、また神官領家を称して八人神官を指導し、近世では大庄屋であった稲員(いなかず)家に伝わる系図は、ネットではこの系図は九州王朝の根本史料ではないかとさえ言われているものであり、非常に興味深いものなのですが、5世紀の内容を含むとなると、誰が、何時、何の目的で作成したのか素朴な疑問も浮かんできますので、系図の周辺状況などからどこまでの年代を史実ととらえることが可能なのかを中心に探ってみたいと思います。
1.はじめに
福岡県久留米市にある筑後一宮の高良大社の御貢所職であり、また神官領家を称して八人神官を指導し、近世では大庄屋であった稲員(いなかず)家に伝わる系図は、ネットではこの系図は九州王朝の根本史料ではないかとさえ言われているものであり、非常に興味深いものなのですが、5世紀の内容を含むとなると、誰が、何時、何の目的で作成したのか素朴な疑問も浮かんできますので、系図の周辺状況などからどこまでの年代を史実ととらえることが可能なのかを中心に探ってみたいと思います。