1.はじめに
以前から筆者は、帯方郡から邪馬台国までの距離一万二千里を実数とみなして現在の地図から里数のみで場所を特定しようとするのはナンセンスであるとしていたのですが、今回は話を一歩前に進めて、『三國志研究』第六号(三國志学会、2011年)に所収の「『三国志』東夷伝倭人の条に現れた世界観と国際関係」渡邉義浩著に邪馬台国関連の有益な情報がありましたので、これを参考にしつつ帯方郡から邪馬台国までの1万2千里の持つ意味を再考するとともに、邪馬台国が「会稽・東冶の東に在るべし」という記述との整合性などに重点を置いて検討します。